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北海道教育大学岩見沢校サッカー部  引っ越し準備中
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#32 応援されるチーム

皆さん、こんばんは! 広報部部長 新4年の増田紘人です!
僕の知り合いの方、岩教大サッカー部関係者の方、岩教サッカー部を気に掛けてくれている方、多くの人に見てもらえているとすれば嬉しいです!

遂に僕の番が回ってきました。(いや、正確に言えば、僕の番はどこのタイミングにも出来たのですが…。)この辺で書いときます。

今回のブログでは、僕の岩教サッカーへの思いや『部員ブログ』を始めたきっかけ等を話していきたいと思います。

まず、簡単に自己紹介します。札幌第一高校出身なので頭が良いと思われがちです。実際はそんなことありませんが。大学では、芸術・スポーツビジネス専攻ということで、4年生は自分1人でとっても寂しいです。でも、後輩が4人(選手3人、マネ1人)いるので前よりは寂しくなくなりました!そして、札幌の実家からマイカーで通っているので部活や通学時間で自由時間が少ない毎日ですが、なんだかんだ忙しい方が楽しかったりするものですよ! 
なんでその専攻なの? と思う人もいるかもなので言っておくと、
かつて、ミスターコンサドーレと呼ばれていた“曽田 雄志”さん(昨年退任されました笑)が大学の先生をやっていたことが1番で、大好きなコンサドーレ札幌に近い状態で勉強できる、サッカー部が強い、スポーツを通したマネジメントに興味がある等、僕にとってこれほどまで   “この大学のこの専攻だ”  と、思えるものはなかったというのが理由です。

 さて、本題に入ります。

『もっと応援されるようになれば、もっと強くなれるのでは』


全国大会に行った時、自チームより圧倒的に応援団の数が多く、相手チームの勢いを感じました。その時自分は、
『もっと応援されるようになれば、もっと強くなれるのでは』そんなことを考えて、
選手兼広報として活動を始めました。部員一人ひとりにスポットを当てれば、その選手にまつわる人が見てくれると考えて、Twitterや大学ホームページで「部員ブログ」を発信することにしました。(毎回、僕が更新していたので皆さんよりいち早く読んでました)

選手達から、
「自分の思っていることを言葉にするのって難しいけど良い経験になった」
「選手の知らない一面や、意外と真面目に考えてること知れて良かった!」

こんな声をもらって、選手たちにも良い効果が生まれるきっかけになっててくれれば良いなと思ってます。

タイトルの『応援されるチーム』というのは、

『応援されるチーム』=『魅力のあるチーム』 だと思っています


この選手面白いな、この選手カッコイイな、岩見沢にこんな強いチームあるのか、

どんなきっかけでも良いと思います。そのきっかけを作ること、伝えることが広報部の役目でもあり、目指すべき場所です。

北は北海道から南は沖縄まで全国から学生が集まる、だからこそ全国に“岩教大サッカー部”を伝えられる
これからも選手の魅力を伝えてチームを応援してもらえる人を増やせるよう尽力していきたいと思います! 最後まで読んでいただきありがとうございました!

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明日から、このホームページが老朽化のため使えなくなります。
このホームページをご覧の方は、以下のURLの登録をお願いします。
https://gankyosoccer.wixsite.com/website
#31  感謝と決意

 岩教大サッカー部新4年の下田友也です。僕は感謝と決意について書きたいと思います。

 僕は苫小牧で生まれ、5歳のときにFCユーベルの体験会に参加しました。兄がサッカーをやっていた影響もあり、そこから僕のサッカー人生が始まりました。昔は今以上に守備をしていませんでした。何度も怒られていたのですが、今思えば素直に聞き入れてなかったこともあったと思います。それでも何度も何度も見放さずに指導をし続けてくれ、サッカーの楽しさを教えてもらいました。そして、僕を一から指導して、コンサユースに入団させてくれました。今の僕があるのは、FCユーベルの監督のおかげです。感謝しています。

 僕はトレセンなども基本的には全く行っていなかったので、超無名でコンサユースに入りました。今岩教で一緒にプレーしてる鈴木君は代表候補にも連ねるような選手です。コンサユースに入る人は鈴木君のような北海道では知らない人がいないような選手ばかりです。正直最初は全くついていけず、苦労の連続でした。しかしレベルの高い中で練習していくうちに少しずつスピード感にも慣れてきて、自分のプレーができるようになりました。そこからはプレミアリーグに出場できるようになりました。下手くそなりに頑張りました。高校3年生になると、10番を頂くことができました。番号に見合う活躍はできませんでしたが、幸せな時間でした。今思い返してもとても悔しいです。

 プロに上がれず、大学は岩教を選びました。正直、コンサユースにいたときよりも、今の方がプロサッカー選手になりたいという思いがあります。関東の大学に行った方が当然レベルは高いと思います。それでも岩教に行ったからこそプロになれたと言えるように、ラスト1年頑張りたいと思います。

 僕の夢はサッカーを始めたときからプロになることです。今の自分があるのは、家族や指導者、仲間、サポーターなど、支えてくれた方々がいるからです。プロになることは、今はもう僕だけの夢ではないと思っています。支えてくれ、応援してくれる方々みんなの夢だと思っています。なので自分のためにサッカーをするのではなく、応援してくれる方々のためにサッカーをします。どうなるかわかりませんが、プロという形で家族、指導者、仲間、サポーターに感謝を伝えられるように努力します。

 拙い文章でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。今シーズンも岩教大サッカー部の応援宜しくお願いします。
#29 自分の人生
こんにちは。
今回ブログを書かせていただく、岩教大サッカー部新2年の松村健太です。
こういったものを書くのが初めてで、どんな内容にするか迷いましたが、
せっかくの機会なので自分の人生について考え、書いてみたいと思います。

これまでの19年間の人生を振り返ってみると、サッカー関係のことが多く思い浮かびます。
父親の影響で物心がついた頃にはボールを蹴っていたらしいのですが、本格的にサッカーを始めたのは6歳の時でした。なので、かれこれ今年で14年目になります。
小学校、中学校はクラブチームに所属していました。高校は「サッカー部が強い高校」を基準に決め、進学しました。大学について考える際も、自分が学びたいこと、将来のことと同時に、サッカーのことを考え、この大学に進学しました。
このように、自分にとってはサッカーが人生の指針です。

こうして考えてみると、今の自分があるのは、サッカーのおかげだと思います。
サッカーのおかげで多くの人と出会い、多くのことを経験し、学ぶことができました。

「生活の一部にサッカーがあること」

自分にとってはこれが当たり前で、特に意識したこともありませんでした。
サッカーはプレーだけではなく、観戦や応援など、さまざまな関わり方があります。
なので、自分の人生からサッカーがなくなることはないです。

とは言っても、本気でサッカーをプレーするのは、大学生活が最後になると思います。
残り約3年間、長いようで短い、あっという間の期間です。
とにかく今は、1日を無駄にせず、全力で、日々精進していきたいと思います。

自分の人生は今後もサッカーと共に続いていきます。
数年後、数十年後、自分がどのようにしてサッカーと関わっているのか楽しみです。

拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございます!
岩教大サッカー部の応援をよろしくお願いします!
#28 監督

こんにちは。今回ブログを書かせて頂きます新2年の中嶋楓太(なかじまふうた)です。

僕は小学校入学と同時にサッカーを始めました。
今回は、サッカーを始めるきっかけになった人と、小学生時代にずっと面倒を見てくれた人について書いていきます。

まずは、サッカーを始めるきっかけを作ってくれた人。それは僕の父です。

僕の父は小学校の先生であり、サッカー少年団の監督も長らくやっています。小さい頃からグラウンドに連れて行ってもらい、サッカーを見て、ボールを触ってを繰り返すうちに自分もサッカーがやりたいと思うようになりました。きっかけを与えてくれたことに感謝してるし、今でも母と一緒に試合を見に来てくれたりサポートしてくれていることに感謝してます。

次に、小学生時代にずっと面倒を見てくれたサッカー少年団の監督。父のチームではなく、僕は自分の通っている小学校のサッカー少年団に入りました。そこでお世話になったのが「監督」です。小1からずっと、呼ぶ時は「監督」って呼んでしまいます。直接話すときも、LINEで話すときも。僕の中で監督といえばこの人です。監督の下でサッカーを教わったことで楽しさに気づくことが出来たし、今でもその気持ちを忘れず続けられていると思っています。

なぜこの2人を紹介したか。それは、もう監督を、サッカーを教えることを2人共やめてしまうから。
自分のサッカー人生の中でお世話になった人がサッカーから離れてしまうと、正直寂しさがあります。4月からサッカーを教えることなく過ごす2人の監督にお疲れ様と感謝を伝えたいです。

僕は、この2人に限らずお世話になった人達に良い報告が出来るように、残りの大学生活をサッカーも勉強も全力を尽くして成長したいと思います!

最後まで読んでいただきありがとうございます。これからも岩教大サッカー部の応援よろしくお願いします!
#27 仲間
こんにちは!岩教大サッカー部新4年生の君ヶ袋海成です。

皆さん感染症対策はしていますか?
コロナの影響で様々なイベントが中止になり世界的な問題となってきました。
本校でも部活動停止が宣言され大好きなサッカーを出来ない状況が続いている現状です。

さて、私はそんなサッカーを通じて本当に多くの経験や出会いをしてきました。そこで得られた繋がりはかけがえのないもので、自分は幸せな人生を歩めているなと実感します。

なので、今回はこの繋がりの一つである仲間について熱く語っていきたいと思いますので最後までお付き合いよろしくお願いします!

いきなりですな、皆さんにとって仲間とはどの様な存在ですか?普段の自分をさらけ出せる関係ですか?困った時助けてくれますか?逆に困っている時に助けたいと思いますか?私は仲間がいないと生きていけない自信があります。

人間は脆くて弱い生き物だ。1人では決して生きていけない。もし私から仲間をとったら自分には何が残るのだろう、私は時折そう思う。仲間というのは虹色に輝き私を照らしてくれる。強さや冷静さ、安心や明るさ、1人では表現できない様々な感情を引き出してくれる。共に競い合ったり刺激し合ったり、笑い合ったり涙したりと。このようにぶつかり合って寄り添い合えるからこそ自分は成長や生きがいを感じられるのだと素直に思う。仲間の笑っている姿、頑張っている姿、そんな些細なことで幸せを感じさせてくれるのだから、やはり持つべきものは友である。

オフの日にはコテージに泊まったり、飲んだり、温泉に行ったり、いろいろなことをする。その時の母親の決まり文句が「これでまた頑張れるね」だ。この言葉を聞いて、やっぱり自分の頑張りの源は仲間なのだと再確認する。そう思うと、私は仲間といる時が一番キラキラしていると感じる。勿論1人の時間は必要だし、考え事など1人になりたい時もある。でも仲間といるとそんな事が小さく思えるし、言葉には出来ない謎の勇気や力が湧いてくる。皆さんもありますよね?失恋や悩み事、相談してみると気持ちが楽になった経験が。ね、仲間の持つパワーって素晴らしいでしょ。

あらためて私は21年間生きてきて本当に多くの影響を仲間から貰ったと思う。お金では買えないというのはまさにこの事だ。自分はこんなに仲間に恵まれていていいのだろうか?そう思える程毎日が幸せで自分の人生の選択は間違ってなかったと思わせてくれる。それぐらい私の周りには最高の仲間がいる。

思い返すと大学生活も残り1年になる。ここからはシーズン終了・卒業までのカウントダウンだ。毎日の時間をこの仲間と過ごせなくなるのは寂しいけれど、それ以上に沢山頑張り沢山遊んで後悔のない1年を仲間と一緒に作っていきたい。17人しかいない大切な仲間。だからこそ感謝の気持ちを忘れず、大切にしていきたい。

幸せという名の水を貰い続けた3年間。
最後は誰よりも綺麗な花となって恩返しをする。

最後まで読んで頂きありがとうございました!
今シーズンも岩教サッカー部をよろしくお願いします!
#26 当たり前のことを当たり前に
こんにちは!
初めまして、岩教大サッカー部新2年の伊藤大貴です。

私は山口県山口市の出身で、大学進学を機に北海道に来ました。

まずは軽く山口県の紹介から。と言っても紹介することができるほど有名なものも無いですし、本当に山と田畑に囲まれたど田舎って感じです。そんな田舎町で育って来たので何もないはずの岩見沢でさへ少し都会だなんて思ったりすることもあります。自然の中に広がる景色が好きだよって方、是非山口県に足を運んでみてください。

前置きはここまでとして、ブログに入ります。

「当たり前のことを当たり前にできる人間になりなさい」

これは私が高校3年間、監督に言われ続けてきた言葉です。
皆さんにとって当たり前とはなんですか?これは人それぞれ違うと思います。
しかし、高校時代監督が伝えたかった当たり前が大学生になった今、分かるようになった気がします。18年間育った実家を離れ大学で1人暮らしをするようになり、自分1人で出来ることの少なさや周囲の人の助けのありがたさや存在の大きさに痛いほど気づきました。人に何かをしてもらった時に感謝の意を示すことや、誤ちを犯した時には素直に認め謝罪すること。普段の生活の中では意識しなければこのようなことを考えることはほとんどないと思います。だからこそ当たり前のことを当たり前にすることは本当に難しいことなのだと。そしてそれが出来る人は人間として立派な人なのだと私は監督の言葉を自分なりに解釈しました。

大学に入り、多くの人に出会いました。その中でもやはり同学年の存在は大きいです。ノリと勢いだけで行動ができる自分達を、大学生っぽいな〜と思いながらも後になってお金がない、疲れたなどと後悔することは多々あります。しかし、今しかできないことを全力で。大学に来た意味から本末転倒にならないように日々を楽しもうと思います。そして当たり前のことを当たり前にし、立派な人間になれるよう日々意識して過ごしていきたいです。

まとまりがなく長々と書いてしまいすみません。最後まで読んでいただきありがとうございました!
今年度も岩教大サッカー部の応援をよろしくお願いします!
#25 沖縄を背負って

はいさい!とうとう僕の番がやってきました。

生まれも育ちも沖縄人。沖縄からやってきました北海道教育大学新3年の井口雄登です。

まず、この場をお借りして沖縄のみなさんに謝りたいです。僕は大半ふざけてるので、沖縄には変な人しかいないと変なイメージを持たせてしまいました。
そんなことないですよね。僕だけです。

はい、今回のブログはみんなによく聞かれる「なぜこの大学を選んだのか」について書きたいと思います。

僕は浪人してこの大学に入りました。高校時代はサッカーしかしてなくて、進学の時も地元の大学にスポーツ推薦で受験して、落ちて浪人を決めました。高校3年の選手権1回戦で負けて、自分の情けなさと、このままでサッカー終われるわけがないなと思い、大学では真剣にサッカーすることは決めてました。
浪人して改めて志望校を決める時は、親からは金銭的な面で国公立大学にしてね。と言われていたので、国公立大の中で唯一全国大会に毎年のように出場していて、そして将来は大好きなサッカーをする立場じゃなくて、支える立場になって、サッカーの楽しさであったり感動というものを多くの人に届けたいと思って、芸術スポーツビジネス専攻に決めました。

自分のこれまでを振り返ると、高校受験の時はサッカーのことも考えて志望校を決めたし、大学受験もそうでした。自分にとってサッカーは切り離せないものです。サッカーを通して学んできたことがほとんどで今の自分があると思ってます。
そんなサッカーを真剣に打ち込めるのは大学生までだと思ってます。これまでずっと支えてくれた親、遠い沖縄から応援してくれてる友人に対して、プレーと結果で恩返しできるように頑張っていきたいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今後とも岩教大サッカー部の応援よろしくお願いします!
#24 自分

こんにちは!新3年生になります山城想真(やましろそうま)です!

ブログを書くことは人生初の経験であります。拙い文章ではありますが、最後まで目を通していただければ光栄です。

何について書こうか考え抜いた結果、最近僕がよく考える「自分」について書いてみようかと思いました。

はじめに、僕はとてつもなく自分に甘いです。発言、行動に責任を持たず、何かをする!と決心しても「明日からやろう」や「今日はやめよう」などと甘ったれたことばかり言っています。家族や友人であればよく分かると思います。やりたいこととやらなければならないことの順序がいつも逆。寝坊、遅刻をよくする。などなど「自分」についてあげればキリが無いほどダメダメな部分が出てきます。

一方で、こんなダメダメな「自分」を考える上では必然的に「自分に関わる人・支えてくれている人」も同時に考えてしまいます。いつも迷惑をかけている家族、友人、先生、先輩、後輩の皆さんには本当に頭が上がりません。特に、両親にはこれまでおんぶに抱っこだったのでこの大学生活を通して少しでも自分が両親を支える側になれたらと思っています。

最後に、大学生活3年目へとさしかかり終わりが見えてきてしまった今、このように文章を書いて自分を見つめ直す機会を与えてくれた広報部の方々にはとても感謝しています。残りの大学生活で人に支えられてばかりでなく、人を支えられるようになる!という目標が見つかりました。

最後まで読んで頂きありがとうございます!

今後も岩教大サッカー部の応援よろしくお願いします!
#23 準備

おはようございます。こんにちは。こんばんは。
この度選手ブログを担当させて頂く、北海道教育大学岩見沢校サッカー部背番号31番舩田真冶です。
突然ですが、私には誰も経験したことないような体験をしたことがあります。
それは高校3年生の選手権予選で延長戦を戦い抜いて0-5というスコアで負けたことです。
高校最後の選手権でしたが、涙も出ませんでした。今でこそ、こうして話すことができますが、当時は自分への情けなさで喋ることができなかったことを覚えています。

というか、何を話せばいいのかわからなかったです。また応援してくれたクラスの友達、遠いとこから応援に来てくれた先生や保護者に本当に申し訳なかったと思います。

思い返せば、高校3年時は個人的に怪我が多かったです。肉離れを立て続けに3回起こしました。そのうちの一回が選手権予選で負けた試合中でした。本当に悔しかったです。

自分は最善の努力をして怪我を治したのか、最善のケアをしたのか、最善のコンディションでピッチに入ったのか、

とてもじゃないですがそうではありませんでした。        
そんなことはわかっていると思うでしょうが、準備は大切です。しかし、私は経験しないと分からない性分なので、今ではあの敗北は良い意味で良かったと思います。今ではコンディション管理をしっかりしています。また試合前には必ずイメージトレーニングを行っています。ちなみにこのイメージトレーニング本当にお勧めします。色んなことをイメージし具体的に想像することによって基本的に何にでも対応できるようになります。皆さんもぜひやってみてください。
私はこの大学の部活で花開いて、地元に良いニュースを届けられるように日々精進していきたいと思います。スピークもスカートも短い方が良いと習ったのでここらで終了させて頂きます。お読みくださりありがとうございました。
#22 FAMILY
こんにちは。岩教大サッカー部新4年の谷口魁音です。選手ブログを書かせていただくということで、なにについて書こうかと悩みました。自分のことを話すのは少し気が引けるので、今回は私の家族について書かせていただきます。

まずは母さんからです。母さんはとても明るい人で、料理が世界一美味しいです。毎日誰よりも早起きで、猫の餌やりから1日をスタートさせています。仕事をしながら家事もこなしています。これは日本中のお母さんに共通して言えることかもしれませんが、母はスーパーサイヤ人です。誰よりも強くて、誰よりも優しい超人だということです。

次は父さんです。実は父さんもスーパーサイヤ人です。父さんはしょうもないイタズラが好きです。高校時代の弁当には、父さんが朝食べた納豆の使わなかったカラシだけがよく入れられていました。最先端オヤジなのでスマートフォンを使いこなし、最近はTikTokまで見てます。そんな父さんですが、私を1番応援してくれている存在でもあります。サッカーを始めてから高校まで、ほぼ毎試合観に来てくれました。きっと仕事中にこのブログも読んでくれていると思います。

妹についても一応書きます。妹は中学生です。歳は離れていますが、仲は良い方です。顔は似てないと思ってましたが、友達からは似てると言われます。今年は受験生になるのでそっとしておきます。

最後は祖父母です。父方の祖父は木彫りの職人でした。2年半前に亡くなってしまいましたが、じいちゃんの彫ったフクロウは私の宝物です。父方の祖母は1人暮らしです。たまに顔を出すと喜んでくれます。ばあちゃんの作るいなり寿司が好きです。母方の祖父母はまだ働いています。とても元気で何よりです。年越しは必ず祖父母の家で過ごします。祖父母と叔父と叔母、父、母、妹、私の8人でUNOをするのが恒例行事です。地元に帰ってもなかなか会う機会がないので、1年に数回しか会えません。孫としてもう少し会う努力をしていこうと思います。

このように、私は多くの家族によって支えていただいています。大学でサッカーができるのも家族のお陰です。本当に感謝しています。

長くなりましたが、この辺で終わりたいと思います。拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。今シーズンも岩教大サッカー部の応援をよろしくお願いします!
#21 繋がり

 こんにちは。
 岩教大サッカー部3年小島渡生です。苗字がコジマで、名前がトオイです。苗字はよく間違えられ、名前もトウイと未だに勘違いしている人が多いので少し残念です。名前はレアだと思います。このブログをもし読んでくださった方、今回を機に自分の名前をきちんと覚えていただけたらうれしいです。

 選手ブログの順番が回ってきて、自分は人に伝えることがあまり上手ではないので、みんなのような面白い内容がかけるか不安ではありますが、自分の思っていることをできるだけ表現できるように努めます。

 サッカーを続けてきて15年、技術や体力が身に付いてきたと感じるとともに、監督やコーチ、チームメイト、対戦チームの選手などとの繋がりが増えてきました。僕のサッカー人生は、複数のサッカー教室や少年団を転々としていたり、全国大会や県リーグ、トレセンなどで多くの人と関われる機会があったので、知り合いが多くできてうれしいです。大学進学にあたり、地元埼玉県から北海道にやってきて、「知り合いで大学サッカーやってる人なんてさすがにいないだろう」と思ってやってきたら、高校時代の先輩や同じリーグにいた選手が複数人いて、驚きました。遠征などでも、自分の元チームメイトだったり、知り合いと試合ができることに、幸せややりがいを感じています。また、そのような仲間が、プロや別の環境でサッカーを頑張っていることで、自分に刺激を与えてくれます。

 繋がりはとても大切だと思います。関係を一回限りで途絶えてしまうのは勿体ないです。仲間になって、より深い話ができる関係に越したことはありませんが、一緒にいることで、自分にはない考え方や価値観がみつかったり、新たな出会いがあるかもしれません。1人では解決できないことがあったとしても、繋がりを大切にしている人には、自然と人が集まってきたり、サポートしてくれる仲間が必ずいるはずです。大学にはいってすぐ、うまくいかないことばかりでしたが、そんな自分を支えてくれたのが仲間でした。自分を支えてくれる、見つめ直すという面においても、仲間の存在は偉大です。

 そういったことから、最近はサッカーだけでなく、学生生活、アルバイト先での繋がりはとても大切にするようにしています。学生生活だとどうしても部活の仲間と過ごす時間が長く、他の友達と話したりすることはあまりないのですが、連絡をとったり、飲みの場に出向くなどのアクションを起こすようにしています。また、最近はラインやインスタグラムなどのSNSがあるので、こういったツールを上手く使いこなせたらなと思ったりもしています。多くの人と共に時間を過ごし、様々なことを語り合って、考え方やコミュニケーション能力などの自分に足りないものを補っていけたらいいなと思っています。こんな自分ですが、今後も多くの人との繋がりを大切にし、増やせるように頑張ります。よろしくお願いします。
 
 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 今シーズンも岩教大サッカー部をよろしくお願いします。
#20 キャラクター

こんにちは。新4年生の毛利圭吾です。
今日は僕の個性についてお話したいと思います。最後まで読んで頂ければ幸いです。

 自分を一言で表すと「いじられキャラ」です。
小学1年生からサッカーを始め、今までの15年間はどこのチームでも、いじられキャラとして過ごしてきました。大勢の前で1発ギャグをやったり、雪山に飛び込んだり色んな経験をしてきました。体を張って笑いをとる、そんな姿から「出川」というあだ名をつけられたり…。
そんな毎日を過ごしていると恥をかくこともあり、ときには損な役回りなのではと思ったりもします。ですが周囲と腹を抱えて笑う瞬間があると、やっぱり最高に楽しいなと思います!

 このブログを書くにあたり、自分はなぜいじられるのか?考えてみると、NOと言えないからだと思います。友達にやってみてと言われると断れないし、その場の勢いでバカをやってしまいます。言い方を変えると自己主張がないと言えるかもしれません。こんな自分の性格を直さなければと考えた事もありました。けれどこれも自分のキャラクターだと思えば、前向きに開き直ることが出来ました。真面目な人、リーダーシップがある人、天然な人など様々な個性の人がいます。その中のいじられキャラが僕であり、個性の集まりがチームなんだと思います。今では自分のキャラクターに自信を持っています。就活真っ最中の今では、誰にでも愛されるキャラクターを強みとしています。1年後には会社という集団で僕の個性を生かして、社会人として立派な人間になりたいと思います。

こんなくだらない文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。

これからも岩教大サッカー部の応援よろしくお願いします!
#19 変化と悔しさの1年

こんにちは。岩見沢教育大学サッカー部新2年山崎稜斗です。よろしくお願いします。
ポジションは主にサイドバックを努めさせてもらってます。
こういう文章を書くのが苦手なのでお見苦しい内容となってしまうかもしれませんが、ご了承ください。

岩教に入学してから早くも1年が経ちましたが、自分にとってはとても良い変化を得られたと同時に人生で1番の悔しさを感じる1年となりました。小学校4年生の頃にサッカーをやり始めて、そこから10年以上続けてきたのですが、自分は人のプレーを見ているのが苦手というか面倒くさく感じてしまう性格なのでサッカーの理論であったり、上手い人のプレーを盗むなんてことが出来ずにいました。
その性格が変わっていくきっかけになったのが岩教サッカー部に入ってからでした。小、中、高でやっていたサッカーとは遥かに違う上のレベルのサッカーをしている先輩方や同級生を見てこのままでは駄目だ、このままサッカーを続けていても4年間を無駄に過ごすだけだと感じるようになったんです。
変わったのはサッカーだけではなく、普段の生活面にも影響を受けました。周りの人との接し方や普段の過ごし方などいつも気が引き締められるような感覚を覚えていました。こんな経験が出来るなんてとても嬉しかったですし、そんな経験をさせてくださっている周りの人達に感謝の気持ちでいっぱいでした。
それだけに2019年度は靭帯損傷の影響で半年間サッカーが出来ず、公式戦も1、2戦しか出れなく、思うような結果を出すことが出来なかったのが本当に悔しかったです。父から、
「今は他の人のプレーを見て勉強する時期だ」
とは言われ、それは分かっていたのですが他の人のプレーを見る度に自分はこの大切な時期に何をやっているのだろうという焦りと情けなさが大きくなっていくだけでした。
2020年はコロナの影響で思うようなスタートが切れていないですがしっかり体づくりをしてチームに貢献できるように、応援してくださる人の期待に応えられるように、2019年の悔しさを晴らせるように頑張っていきます。

最後まで読んでいただきありがとうございました。これからも岩教サッカー部への応援よろしくお願いします。
#18 「素晴らしい選手である前に素晴らしい人間であれ。」

こんにちは。
みなさんコロナにやられてませんか?岩教大新3年の小山泰成は元気です。元気といえば…自分は北海高校出身で、北海生は北海健児と呼ばれます。健児たちはみんな元気です。この健児という言葉をみなさん気に入ってくれたのか、サッカー中はなぜか、健児と呼ばれています。呼ばれて嫌いなわけではないので、どーぞこれからもよろしく。

今回は自分の母校についてと恩師の言葉で自分が最近考えることを紹介していきたいと思います。

北海高校は漢(オトコ)を育てる学校です。ここで過ごした3年間は自分の人生において最も濃く、人間として成長したと思える時間でした。それは周りの仲間や先生方のおかげです。恩師である監督には死ぬほど怒られました。自分はまだまだ未熟物だしガキだし人間として弱いです。そんな自分に監督は「お前はこれからの漢だ」と最後言ってくれました。その意味が最近少しわかってきたように思うのです。

「素晴らしい選手である前に素晴らしい人間であれ。」

これは北海サッカー部の基本精神です。優れたサッカー選手は優れた人格を持つ。
優れた人格は優れたサッカー選手を育てる。
人格こそが技術を磨き、戦術を確立させ、体力を養う。
人格という土台が大きければ大きいほど、その上に揺るぎない技術、戦術、体力をのせる事ができ、人格という土台が小さければ小さいほど、その上には見せかけの技術、戦術、体力しかのせることができない。
 北海高校サッカー部は「素晴らしい選手である前に素晴らしい人間であれ」をチームの基本精神とし、人格という土台作りを最も大切にしていますが、この言葉は今でも自分にリンクさせて過ごしています。
この言葉はサッカー以外にも言えることだと思うからです。
大学に入学して、わりと自由を手に入れ、自分次第で生活がより良いものにもなるし悪いものにもなる。自分は残りの2年間岩教大でサッカーや学校生活を通じて、出会った最高の仲間たちと一緒に成長したいです。

共に喜び、共に悲しみ、いろいろなことを経験したいです。

そして、1人の人間、漢として強くなりたいです。

みなさんは時間を無駄にしていませんか?寝てばっかで暇してませんか?
自分は暇が大嫌いです。何かしていないと落ち着きません。
お互い有意義な時間を過ごせるよう、頑張っていきましょう。
そろそろ長くてうざいと思うのでこの辺にします。
文章上手くまとまってなくてすみません。馬鹿が取り柄なもんで…

最後まで読んでいただきありがとうございました!なんとなく自分の言いたいことが伝わってくれたら嬉しいです。
これから岩教大サッカー部の応援よろしくお願いいたします。
#17 震災

 今回ブログを書かせて頂きます新2年の遠藤颯士です。
 私は宮城県石巻市(いしのまき)の出身です。石巻市は2011年、3月11日の東日本大震災で甚大な被害を受けました。
 私は、当時小学校4年生でした。午後2時46分、それまで経験のしたことのない揺れに襲われました。揺れが収まり体育館に避難すると、母と弟が迎えに来てくれ自宅へ帰ろうと外へ出た瞬間に

「津波が来たぞ!!」

と言われすぐに、黒い濁流が車や流木など巻き込みながら流れてきました。急いで3階へと上り間一髪のところで逃がれました。変わり果てた街の風景、数分おきにくる余震に恐怖を感じました。その日からいつもの生活が一変し、サッカーなど出来る状況ではありませんでした。そのような時に多くの方々からご支援を頂き、ボールやスパイクなどの用具を送っていただいたり、Jリーガーの方々と交流したりしました。交流をしている間は辛い気持ちを忘れることが出来ました。そしてやっとボールを蹴れるようになった時はそれまで感じたことのない喜びでした。
 今改めて考えてみると、悲しみや不安の中、ひと時でも多くの人を笑顔にできるスポーツの力はとても素晴らしいと感じます。そのスポーツについて大学で学び、震災を経験した自分がこれから先、何が出来るのかを考えていきたいと思います。そしてサッカーが出来る事への感謝の気持ちを忘れず過ごしていきたいです。

 最後まで読んで頂きありがとうございます。岩教大サッカー部の応援よろしくお願いします。
#16 最高の選択

こんにちは!
岩教サッカー部新4年の中津和紀です。テレビをつければ新型コロナウイルのニュースが流れ、政府の対策ひとつひとつにSNSで様々な意見が飛び交い、批判がなされる。そんなネット社会に脅かされる今日このごろです。

選手ブログを始めます。

自分は広島からこの地北海道にやって来ました。今振り返れば現在の自分を全く想像できていませんでした。自分の好きな運動やスポーツについて学べたらと思い、この大学を選択しました。サッカー部に入ることも決めてなく、レベル的にも厳しいなと思う部分がありました。入部したとしても高校2年生までプレーしていたGKにするか、経験の少ないDFにするのかとても悩みましたがDFを選択しました。その結果、1年生のころは苦しいことが多く、辞めたいと思うことも多々ありました。気づけばもう4年生になろうとしています。

サッカーだけでなく、生活している一日一日の中に数えきれない選択肢があると思います。もちろん「先にあれやっておけば良かった」「あの時行っておけば良かった」など後悔する選択もたくさんありました。自分が自分で選択した『大学でサッカーを続けること』これが自分にとって最高の選択になるように残りのサッカー人生を全力で楽しみたいと思います。

最後に、毎日サッカー部のSNSをチェックしている家族、岩教大サッカー部を応援してくれている方々、これからも岩教大サッカー部をよろしくお願いします。
#15 経験を自信に
こんにちは。新2年、広報部の石川竜臣です。趣味は、筋トレとお菓子作りです。人生で初めてブログというものを書きました。上手な文章ではないかもしれませんが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

僕は、小学校、高校、大学とサッカーを続けています。
中学校は?となると思いますが、僕は中学校のとき卓球部でした。なぜ卓球部だったのかというと、中学校にサッカー部がなかったからです。僕は、中学のときに転校して利尻島にある中学校に通っていました。全校生徒30人ほどで、とても小さな学校でした。もちろんサッカー部などなく、男子の入れる部活が卓球部か吹奏楽部だけでした。高校でサッカーをもう一度頑張る、と決めていたので少しでも体を動かせるよう卓球部にしました。その中で、1人でできるリフティングなどは続けていました。(3年間ですが、卓球にも真剣に打ち込みました。岩教大では一番うまいんじゃないかと思っています。)

その後僕は、札幌光星高校に進学しました。ここで、中学校3年間というのが想像以上に大きな差であることを実感しました。高校入学当時は、部内で一番下手でパスもトラップもまともにできませんでした。ボールをもらってもトラップがうまくいかずすぐに相手に取られてしまうので、パスをもらうのが怖かったのを今でも覚えています。そのようなことが続き、サッカーがうまくいかず、私生活もだらしなくなってしまう時期もありました。そんなときに、コーチが叱ってくれて、手をさしのべてくれて、少しずつ変わっていくことができました。練習に誰よりも集中して向き合い、ひとつひとつのプレーを改善できるようにしました。何度も辛いときがありましたが、仲間の支えなどがあり、踏ん張って続けることができました。そうしていると、高校3年生になったころには、思うようにプレーできることが増えているのを実感しました。監督、仲間に認められてキャプテンになることもできました。

この成功体験が、いつも僕の支えとなっています。努力は必ず報われる、とは思いませんが、自分の力になり成長していることは確かだと思います。今もつらいことやうまくいかないことが多くあります。何度も自分のセンスの無さに落胆しています。でも、これを乗り越えればまたうまくなれる、そんな自信と経験が僕にはあります。諦めずに続けたいと思います。

長くなりましたが読んでいただきありがとうございます。最後に、ブログをはじめ、岩教大サッカー部の日常や雰囲気などをお伝えできるよう企画などをしていきたいと思います。岩教大サッカー部をよろしくお願いいたします!
#14 これまでの自分
こんにちは。北海道教育大岩見沢校新2年の大向草太です。ポジションは主にMFで、大学に入ってからはシャドーでプレーさせていただいています。ブログの内容については悩みましたが、これまでの自分のサッカー人生を振り返ってみると、さまざまな素晴らしい人や環境との出会いがあったなと思い、これまでの自分について述べていきたいなと思います。

 自分がサッカーと出会ったのは、小学1年生の時でした。サッカーというスポーツにどんどんひきこまれていき、いつでもサッカーボールを触っているようになっていきました。高校3年生の時には、自分のチームのキャプテンを務めさせていただきました。監督の先生がとても忙しかったため、自分が中心となって練習メニューなどを考えるということもあり、それぞれの人がサッカーでの目標や目的が違うというようなチームを引っ張っていくということにおいて、より良いチームにしていくためにどうすることが最善であるのかということを考え試行錯誤した1年間であったと思います。
自分自身は高校総体、選手権共に怪我で出場出来なかったため、心残りはありますが、人間的に成長することができた大切な時期でした。
この大学に入ってからは、素晴らしい先生方や、たくさんのことを教えてくださる先輩、同級生に出会えて、毎日学ぶことがたくさんあります。大学でのサッカーが、自分のサッカー人生の集大成と思っています。
この1年間は、吸収することばかりして、自分から考えなどを発信していくということが足りなかったと思うので、もっと自分らしさをもって、それをどんどん発揮していけるよう頑張っていきたいと思います。
面白味のない文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。岩教大サッカー部の応援よろしくお願いいたします。
#13 出会い
こんにちは。
初めまして。北海道教育大学岩見沢校2年の小原冠嗣(おばらかんじ)です。
ブログの依頼が来て半日が経ちました。本当に何を書こうか迷っています。ちょっと笑いとりに行こうかなと思いましたがそんな技術持ってないですし、感動する話も特にないです。
なので、自己紹介と今岩見沢で生活していて思っている事を書いてみようと思います!まとまりがないと思いますが是非読んでください!
僕は幼稚園の頃くらいにサッカーを始めました。僕は何でもやってみたい!という性格なのでサッカーだけでなく、プールや柔道も習っていました。柔道はなかなかセンスがあったみたいで、金メダルを取ったこともあり、ネットで名前を検索すると出てきます。しかし、結局どれも続かず、今でも続けていられるのはサッカーだけです。小学校と中学校はコンサドーレ札幌の下部組織、高校は札幌大谷高校でサッカーをしました。思い出を話すと長くなるので、今回は書きません。
僕の性格は負けず嫌いでそしてビビリです。すごいビビリです。なにをするにしても緊張してます。見せないように努力はしているので気づいていない人は多いと思いますがサッカーは常に緊張しています。この4年間で治る事を願っています。自分で言うのもあれですが、運動には自信があります。だいたいの球技や器械運動は得意で、運動神経の良さは1つの長所だと思っています。
この前同学年の河合に「サッカーが一番苦手なんじゃね?」と言われて、「それな笑」と返したのですが、本当にそうかもしれないと最近ビビっています。こんなに長く続けているのに全然うまくならないのは何でだろうと思う時があります。でもサッカーが好きなので努力を続けようと思います。
話は変わりますが岩見沢での一人暮らしはとても楽しいです!実家は札幌ですが学校、部活、バイトのことを考えて一人暮らしをしています。いつでも友達に会える環境ってすごくいいなと思います。学校と部活はもちろんですが、バイトも一緒の人もいますし、チャリで15分もあれば誰でも会えます。色んな人と関わるのも大事ですが、居心地が良いのはやはり自分の学年のサッカー部です。オフの日にみんなで海に行ったり、小樽に行ったり。大貴とはよく札幌に行きます。彰悟に限ってはチャリで札幌まで行ったことがあります。二度とやりません。こんなに馬鹿みたいなことが毎日できたり、サッカーで切磋琢磨したりできる仲間に出会えたことが本当に嬉しいです。学校の友達も良い人ばかりで先輩たちは本当に優しいです。
こんなに楽しい経験ができているのは、周りの人に恵まれたからなのですが、一番はやはり親のおかげであり、1番期待してくれているのはわかっているので結果で返せるように頑張りたいと思います!
最後になりますが、ブログを書いていると出会いっていいなと思います。大切にしたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました!
岩教大サッカー部の応援よろしくお願いします!!
#12 言動の大切さ
 こんにちは。岩教大4年の梨木幸太郎です。
 今日は私の「先生」と「友達」について書こうと思います。

 私は、十勝の音更町で育ち7歳からサッカーを始めました。岩教サッカー部のみんなもそうかもしれませんが、物心ついたときからサッカーしかやってこなかったので、昔を振り返ればサッカーの思い出ばかりです。学校に行ってサッカーして寝て、また学校行ってサッカーして寝て…みたいな生活が当たり前なので、人生において、先生や指導者といわれる「教育者」からの影響はすごく大きいものだと感じています。子どもたちの人生を良くも悪くも変えてしまうことができるので、すごく責任感ある仕事だなと思っています。そんな私も教育者になろうと思っていて、

私の理想である「子どもとともに成長できる教員」を目指して勉強中です。

 私の人生の分岐点である、ある先生との出会いは、人生だけでなく考え方を根本から変えてくれました。話すと長くなってしまうので、一言で言ってしまえば義理と人情を大事にする方で、すごく情熱的に向き合ってくれたので、夢への第一歩はその先生がきっかけなのかなと思います。その恩師に憧れを持ちつつ、コピーに終始するのではなく自分なりにアップデートして、私が目指す教員像に近づけていければと思っています。

 そして、私は友達に恵まれているなぁとつくづく感じます。一緒にサッカーしたり飲んだりしてるだけで楽しいのですが、それだけでなく、友達からはいつも色んな刺激をもらえますし、まだまだ未熟な私に色んな学びを与えてくれます。
つい最近の話なのですが、共通ではない友達2人から「考えてるだけじゃダメ、言葉にしなきゃ伝わらないし行動に移さなきゃ意味がない」みたいなこと言われました。驚愕しました。まさか全然違う友達から同じこと言われると思ってもなかったですし、これが自分の苦手なことなんだなって、すっごい納得しちゃいました。なので、

今年の目標は「言葉で表現する、行動に移す」にしようと思います。
 
 最後に、先生と友達について書きましたが、両者ともやっぱり感謝しかありません。この感謝の気持ちを今年はサッカーで、それ以降は教員として恩返ししていけたらなと思っています。今回このような記事を書いてみて、まだまだやることはたくさんあるなと改めて感じました。これからが楽しみです。
 最後まで読んでいただきありがとうございました。
#11 出会いに感謝
岩教サッカー部2年目の中原澪です。
今年主務をやらせていただきます。
主務としてまた選手として成長できるように今年は去年以上に努力していきます。
ブログの経験がないので、今回は自分の経験談についてお話したいと思います。
サッカーを始めたのは、小学2年生の時で体格も小さく力も弱かったので試合でも勝てることは少なかったです。出身も田舎の方なので全道大会でも一回戦敗けをするようなチームで思うような結果は出せませんでした。
しかし、監督やコーチがとても熱心な方でサッカーについて常に考えてくれる方だったので自分もサッカーをはじめて2年で全道大会でも勝ち進めるようになりました。
監督は怖い人でしたが、サッカー、そして子供たちを大切にしてくれる素晴らしい人だったと思います。
ほんとに、いい人に巡り会えたなと今でも感謝しています。
さらにコーチや親もチームの運営に積極的に協力してくださったおかげで小学5年生では全道優勝を成し遂げることもでき、周りの方への感謝は大切だとより感じることができました。
ここで、コーチの言葉で自分がより成長できるようになったきっかけの言葉を紹介します。

「1つの事象ことから10個考えるようにしなさい」

という言葉です。これはサッカーにおいても普段の生活においても常に多様的に見つめ、いつも考え続けることが大切だと言うことです。サッカーは考えることやめては成長できないと思います。
この言葉をくれたコーチは

「常に考えろ!、意図のあるプレーをしろ!」

が口癖でした。自分も考えることをやめていたら今の自分はなかったと思います。監督やコーチ、親など、自分は出会う人に恵まれていたんだなと思います。
これからも周りの人や協力してくださる人への感謝を忘れずにプレーしていきたいと思います。
まとまりのない長文になりましたが読んでいただきありがとうございました。
今年も岩教サッカー部の応援よろしくお願いします。
#10 決断

こんにちは!
新4年の目が離れてる副キャプテン鈴木理久です。
今まで書いてきたみなさんの話を読んでいると普段の会話からは聞けないような内容がたくさんで、すごく感動してます。そんなこんなで、ついに自分の番になりました。なにを話そうか迷いましたが、自分が大切にしてることを主に話していこうと思います。

みなさんは決断する時、なにを大切にしていますか?決断には生活の中の小さなことから自分の人生を左右する大きなものまであると思います。僕は高校進学時に、人生を左右する大きな決断をしました。僕の地元は伊達市という田舎町で、札幌民に札幌にあるお店言ってみてと聞いて大抵言ってきた有名なお店はほとんどありません。そんな田舎街から高校に上がる際、コンサユースでサッカーをするチャンスをいただきました。最初は地元でサッカーを続けようと思っていましたが、進路決定の期間が近づいていて、どちらに行くかの決断を迫られました。正直、札幌に出てやっていく自信がありませんでした。地元の友達とそのまま高校でもサッカーできるという環境がある中で、札幌という新しい地でサッカーをするには勇気が必要でした。ですが、自分の中でサッカーにもっと磨きをかけたい気持ちやこの貴重なチャンスを自分の成長したいという気持ちも心の奥にありました。そんな時に、家族から

「本気でサッカーをやりたいなら私たちは応援するし支えるよ!」

という言葉をもらい、その言葉が自分の決断の後押しになりました。札幌に行くと決断したとき、友達からは「一緒にサッカーできないじゃん」とか「今度は敵だね」と言われて、地元愛が強い自分はこの決断が正しいか分からなくなりました。でも、札幌で高校3年間生活して思ったのは、自分の決断は間違っていなかったということです。この3年間で、サッカーの成長はもちろんですが、1番は人として成長することができました。土地もわからない、友達もいない、地下鉄の乗り方もわからない自分が3年間の中でたくさんの人に出会い、多くの経験をすることができました。この経験ができたのは、自分の決断が生み出したものであるかもしれませんが、その決断に対して数多くの支えがあったからこそだと思います。家族をはじめ、監督、地元の友達、高校時代に出会った友達など、自分と関わってくれている人たちみんなの支えが自分の成長に繋がりました。本当に感謝しています。ながながとしゃべりすぎましたね。もう少し聞いてください。
決断とは先の結果がわからないため、難しい決断になるほど、楽な方に進んでしまうことが多いと思います。しかし、その難しさが自分の成長に直結すると考えています。そして、その決断の結果が悪かったとしても必ずいつか自分の力になって戻ってくると思っています。これから先、難しい決断に迫られることもあると思いますが、絶対に後悔のないように挑戦し続けられる道を選んでいこうと思います。

長々と話してしまいましたが、
今シーズンも岩教大サッカー部の応援よろしくお願いいたします!そして、目標に向かって日々成長していく自分たちをぜひ会場で見てください!!
#9 独り言

こんにちは。北海道教育大学岩見沢校4年の牧田隆史(まきたたかし)です。
あれ、岩教大の牧田?
ん、審判の?
と思った方々、正解です。その牧田です。

さて、今回は僕が審判として試合に臨んでる時に考えていること、思わず心から溢れて口から出てしまった独り言について話をしていこうかなと思います。

「ナイシュー!」
「うまっ!」
僕は、試合中にすごいプレーを見てしまうとどうしても黙ってはいられず、このように呟いてしまいます。
これに関しては結構選手からびっくりされます。(若干引かれる場合も)
プレイヤーの皆さん、僕はサブイボが出るようなすごいプレーをたくさん見たいです。それをサポートできるよう僕も頑張ります。よろしくお願いします。

「あっぶねー(汗)」
これは、ボールをギリギリ避けた時に出てしまう言葉です。
去年からルールが変わったことによって、審判にボールが当たって流れが変わればドロップポールになるということになったのですが、それまでは審判は石ころ同様で、ボールに当たっても構わずプレー続行でした。こうなってはいけないのです。
審判もボールを避けるのに必死です。
今シーズンはボールに当たることがありませんように、、、

「うわっ、やっちまった」
ボールに当たった瞬間です。
絶妙なパスをカットしてしまった時には罪悪感に苛まれ、穴があったら入りたい気分になります。今までパスをカットしてしまった皆さん、心よりお詫び申し上げます。

そんな自分に、ナイスディフェンス。おつかれ。

「そっちかー!」
審判をしていて、試合中には次にどのように進んでいくかを予測しながらポジショニングを修正しているのですが、どうしても僕の想像が及ばず、全く違う方へプレーが進んでしまう場合が多々あります。そのときには、「そっちかー!」とは思いますが、同時に「やべっ」とも思います。
早くリカバーしなくちゃ。

「いやそのプレーいらんやろ」
僕は、すごいプレーを見るのが大好きですが、汚いプレー、悪いプレーは大嫌いです。僕もいいプレーを見て楽しみたいし、選手目線から見ても、汚いプレーをされたら、楽しくないと思います。そのようなプレーをしようもんなら僕は許しませんよ。

「たしかにその気持ちはわかるけど、、」
審判として判定を下さなければならない以上、どうしても抗議を受ける時があります。正直、抗議を聞くことは慣れてきたのですが、ふと僕が思うこと、「ルールめちゃくちゃやん!」
プレイヤーの皆さん、サッカーのルールを少しだけでいいので見てみてください。
無駄なイライラを軽減できるはずです。ご協力よろしくお願いします。

以上、審判マキタの独り言でした。
審判はただ判定を下すだけの人ではありません。一緒にサッカーを楽しみたいんです。皆さま、今シーズンもよろしくお願いします。

最後に宣伝だけさせてください。
現在、北海道学生サッカー連盟では、学生審判員の育成のために、審判部というのを立ちあげ、活動しています。
17名の学生審判員と共に、楽しく、互いに刺激しあって活動しています。
このブログを読んでいるそこの大学生・専門学校生・高校生の皆さん、少しでも審判に興味がある方・審判をやってみたいという方がいましたら、牧田までご一報いただけたらと思います。

長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!
#8 感謝と成長
 皆さんこんにちは。岩教大新3年の阿部拓朗です。今回ブログを書くにあたり、サッカー部のみんながとても良い内容を書いていて感動しました。
そんな文章につづけるように頑張ったので少しの間読んでいただけたら嬉しいです。
 
初めてこのようなブログを書くので何をかけばいいのかとても悩みましたが今まであまり口に出来なかったことを書けたら良いなと思います。
 
 まず、この場を借りて両親や家族など自分を支えてくれた人たちに感謝の気持ちを伝えたいと思います。
幼稚園の頃からサッカーを始め15年間サッカーを続けてきました。途中ではその他にもスポーツをやった時もありましたがやっぱり自分はサッカーでした。そんな自分の練習を長い間熱心にサポートしてくれた父、朝早い時が数えきれないほどありましたが弁当や朝食を作ってくれたり泥だらけの服を洗濯してくれた母には頭が上がりません。そして中学卒業と同時に進路について悩み地元に残るか県外に出るかなど揉めました。でも、最終的に自分の意見を尊重してくれて、そして高校で寮生活を送るようになりました。そこでは私生活の大変さに改めて気づきました。食事は出る環境だったのですが、洗濯などがとても大変だと気づきました。一方で、サッカーの面では大した活躍もする事が出来ずとても申し訳ないと思っていますし、情けなくて後悔が拭いきれません。そんな気持ちで高校卒業と同時に迎えたセンター入試や進路決定も揉めました。しかしここでも自分自身の意見を尊重してくれて、遠く離れた北海道まで送り出してくれてサポートもしてくれています。二十歳でこんな人生を歩む事はなかなか出来ないことだと思っています。こんな人生を歩ませてくれた家族そして両親にとても感謝しています。この感謝の形を大学サッカーで見せると決めています。
そのために、今回北海道という環境においてワンシーズンを通して初経験のことがたくさんあり、この経験を上手く活かして自分自身の成長と結果に繋げることが重要です。
今年度で大学2年生が終わり3年生になります。残り2年しかない中でどれだけ自分を高めていけるか、そして今までの成長を結果として表現出来るか。この過程と結果を大事にして最後は良い報告を家族にして終われたら良いなと思います。
 こんな文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
#7 「最後」と「15」

こんにちは。石谷海斗です。これからブログをします。

僕は幼稚園の頃から始めてきました。そんなサッカーも本気で打ち込めるのは大学生で最後です。何をしても最後になってしまいます。試合前のハイタッチも勝って喜びあうのも、負けて悔しい気持ちになるのも最後です。
ですが、最後だからこそできることもあると思います。僕は今年は「15番」を背負います。この番号は僕や高校の仲間にとって特別な番号です。中学時代につけてきた番号ということもありますが、これは自分のためだけではなく、誰かのためにサッカーをやりたいという僕なりの決意です。なので、今年最後はチームメイト、スタッフ、家族、応援してくれる人のために全力で頑張りたいです。それが僕が最後にできる周りの人とサッカーへの感謝だと思います。非常に前向きに頑張りたいと思います。

サッカーは最後と言いましたが、懸垂だけはこれからも続いていきます。現在コロナの影響で懸垂ができないので、なんで、懸垂のバーがあるアパートを選ばなかったのか後悔しています。

長文ですみません。ですが、今までのブログで1番長文じゃないですよね?

これからも岩教サッカー部の応援よろしくお願いします!
#6 自分
こんにちは!北海道教育大岩見沢校サッカー部2年の縄田脩平です。しゅうへいのしゅうは「修」ではなく「脩」です。よく間違えらえます。
なにを書こうかと指名された日からずっと夜も眠れないくらい考えていましたが、先輩のようなかっこいいエピソードもなく、感動するような話も思いつかないので自分という人間について書いていきたいと思います。
私は埼玉県所沢市に生まれました。ここでピンときた人もいるかもしれませんが、あの映画翔んで埼玉での名ゼリフ「一緒にこないか所沢へ」の所沢です。西武ドームがあるのはこの所沢です。正直それくらいしかありませんが大好きです。私は4歳からサッカーをはじめ小学校は地元のチーム、中高は浦和レッズの下部組織でプレーしました。浦和レッズの選手は選抜されていることもあり、ほとんどの選手が身体能力抜群なんです。しかし、私は足は遅い、走れない、ジャンプも低い、体も弱いと浦和レッズの選手では1位2位を争うほど身体能力がなかったんです。高校のときは監督から練習中に「おっそ!笑」って言われたこともあります。それでも中学から高校のユースチームには昇格でき、試合にも出してもらっていました。それは自分としっかり向き合えてたからだと私は思います。足が遅いならポジショニングをはやく、体弱いなら判断や質をあげるなど頭をフル回転してサッカーをしていました。身体能力や技術だけが全てではないところもサッカーの好きなところです。サッカーについてはこのへんで、プレーについてはぜひグラウンドに足を運んでいただき見てください。私生活について話したいと思います。一言で言うとだらしがないと思います。
部屋は綺麗とはいえませんしし、姿勢も猫背ですし、服を着たらよく襟が内側に入っていたりします。めんどくさがりなんです。最低限を求めて生活しているので、部屋は寝れればいいと考えてますし、服は着れればいいと考えてしまいます。最近の悩みは10秒くらい前まで持っていたケータイや鍵のありかを忘れてしまうことです。他人から見たら駄目な人だなと見られることなど分かっています。でもこれが自分であると、私は自信を持っています。自分を潰して生きることが私は1番良くないことだと考えています。自分は自分らしく、根拠なき自信を持って生活しています。
皆さん縄田脩平という人間をすこしは知ることができたでしょうか。みなさんは自分についてどれくらい理解していますか。今回ブログを書かしていただき、改めて自分について考える時間をつくり理解することができました。みなさんはどれくらい自分と会話していますか。これを読んでくださったかたには是非いまの自分と会話していただきたいとおもいます。

内容も薄くまとまりもない文章を最後まで読んでいただきありがとうございました!

岩教大サッカー部の応援よろしくお願いします!
#5 感謝
こんにちは。
初めまして。岩教大新3年生の樋田敦哉です。
ブログを書く経験など全くなかったので内容は迷いましたが、今回はこれまでの自分について少し話したいと思います。
僕は福岡県北九州市で育ち、大学から一人暮らしで北海道へ来ました。
小学生の頃からサッカーを始めて今日までずっとサッカーばかりをしてきました。小さい時は暇さえあれば、近くの公園で誰かしらといつも暗くなるまでボールを蹴っていて、そんな生活が当たり前でした。
高校へ入ってもありがたいことに、サッカーが思い切りできる環境にあり、充実した日々を過ごしていました。ですが、高校2年生のときに、膝蓋骨脱臼というやっかいな膝の怪我をしてしまい、いっときサッカーができなくなりました。毎日当たり前のようにボールを蹴っていた生活から、外で皆んなのプレーを眺めることしかできないという、考えもしなかった生活を送ることになりました。丁度その時、ありがたいことにキャプテンを任せてもらえることにもなっており、正直、焦って早く治してサッカーをするんだ、ということばかり考えていました。その後、トレーナーからOKサインをもらってプレーしても、またすぐにその膝の怪我が再発し、治ったと思ったら再発しというように何度も同じ怪我を繰り返しました。最初怪我をしたときは、リハビリを頑張って強くなろうと思ってトレーニングをしていましたが、何度も何度も繰り返すたびに、自分の情けなさと、どうしようもない怪我にイラつき、やる気を失っていました。
ですが、そんな時、周りのチームメイトはいつも気にかけてくれ、本来自分がチームを1番に考えないといけときにも、毎日必死にチームのことを考えて動いてくれるメンバーばかりでした。
今思うと自分はいつも、行く先々で出会う人や友人に、本当に恵まれていると思います。今このように、大学へ来てサッカーが出来ているのも本当に、出会ってきた方々のおかげだと思っています。
そんな友人や親、お世話になった方々への恩返しとしても、自分は大きく成長した姿を見せないといけないなと思っています。
今では膝も手術をし、何不自由なくサッカーをするとこができています。今の自分があることへの感謝を忘れずにこれからも頑張りたいと思います。

最後まで読んで頂きありがとうございました。
#4 試合前に。

はじめまして。
岩教大サッカー部4年の武村勇希です。
私は山口県防府市で生まれ、6歳の頃からサッカーをしています。高校では地元を離れ、岡山県(ファジアーノ岡山u18)でサッカーをし、現在は岩教大でプレーをしています。
ポジションはゴールキーパーです。

北海道に来てもう3年が経とうとしていますが、毎日がとても楽しく、充実した日々を送っています。北海道は食べ物がとにかく美味しく、特に海産物は絶品です!

さて今回は、私の試合前のルーティンについて話したいと思います。
皆さんは普段から行っているルーティンはありますか??
私は極度の緊張症で、試合前は常に緊張しています。試合が始まれば大丈夫なんですけどね(笑)
キーパーは一つのミスで失点してしまうため緊張してしまうのかもしれません…
実際に自分のミスで失点して負けた試合が昨シーズンはありました。その次の公式戦では今までにないくらい緊張していた記憶があります。

その緊張を少しでもほぐしたくて自分なりのルーティンをしています。

それは胸に拳を当てて「大丈夫、大丈夫、大丈夫」と呟く事。ずっと前にTVでやっていた緊張をほぐす方法です。

これを試合開始直前にゴール前でしています。ルーティンをしたからといって、緊張が無くなるわけではないですけど、気持ち的には楽になり試合に臨む事ができます。

こうして今までやってきました。
そして今シーズンで大学サッカーもラストです。緊張して自分のプレーができなくなるのではなく、緊張を力に変えて最後まで全力でプレーします!

リーグ戦の多くは岩教大のサッカーグラウンドでしているので時間のある方は是非見に来てください!

シーズン終わって今年の岩教は強かったと言われるようにチーム一丸となって頑張ります。応援よろしくお願いします!
#3「ありがとう」と「思いやり」
こんにちは。北海道教育大岩見沢校2年の伊藤彰悟(いとうしょうご)です。ポジションはMFで大学では主にシャドーでプレーさせてもらってます。

こんな早くに自分の番が回ってくるとは思っていなかったので上手くは書けないと思いますが、少しでも目を通していただくとありがたいです!

・「有難い」の反対は「当たり前」
・「思い」はあっても伝わらないことがあるけど「思いやり」は目に見える。

この言葉は高校のサッカーノートの最後のページに綴られていた監督からのメッセージである。

周りの人に何かをしてもらう、何かモノ、場所を使用する。その何かが些細なこと、小さなモノであっても「当たり前」ではなく、「有難い」という感謝の気持ちを持つことが大切である。高校時代、サッカーを教わったのはもちろんだけど、それよりもずっと大事なことを教えていただいた監督には感謝の気持ちでいっぱいである。

そういった「有難い」と思った時に「ありがとう」を言える人は本当に素晴らしい人間だと思う。「ありがとう」とは、言われた側は「してよかった」と感じ、良い気分になり、言う側は、「してもらったのだから次は自分がしてあげよう」という気持ちになる。「ありがとう」が多い空間、場所はとても暖かくなると思う。

また、「思い」とは誰にでもあるものである。誰かが苦しんでいる、助けを求めているのを見て何も感じない人はいないだろう。しかし、そういった時の気持ちを行動に表すことができるかが重要なのである。それが、「思い」と「思いやり」の違いである。こういうことはサッカーにも繋がってくると教わった。強いチームというのはそういう「思いやり」に溢れているのだと思う。

高校時代に教わったが、その時にはあまり分からない、実感しなかったことが、卒業し大学生活をしている今、実感することがとても多い。それは和歌山県の実家を出て北海道という極寒で積雪がすごく掛け離れた場所で生活しているからかもしれない。実家で生活していた時の親のありがたみをすごく感じるし、北海道へ来て、自分の周りの人には助けてもらってばっかりである。雪で外サッカーができない環境から、高校までどの時期にも外でサッカーが出来ていたこと、素晴らしい人工芝でサッカー出来ていたことに、とても感謝している。

「思い」を「思いやり」に変え、「有難い」という気持ちを持ち、「ありがとう」という言葉を言える人間になっていきたいと思う。
 
いつもこんなにも真面目なことを言うことはない自分ですが、思っていることを書きました!長々と、まとまりのない文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございました!


岩教大サッカー部の応援よろしくお願いします!!


         
#2 立派
こんにちは。
皆さん初めまして。この度部員ブログを担当させていただきます、広島観音高校出身新3年の岡本大河です。

初めてのブログということで何について話すか迷いましたが、今回は僕の親について話したいと思います。

僕の親は過保護です。息子の僕が自信を持って言います。最近はコロナウイルスのことについて、父から毎日電話がかかってきたり、たくさんのマスクが送られてきたりしました。とてもありがたいことです。

小さい頃はそんな父にサッカーを教えてもらっていました。とても厳しく教えられてきて、嫌になることも多かったですが、今では感謝しています。

僕は大学進学と同時に一人暮らしを始めました。高校までの18年間は両親や祖父母にお世話になってばかりでした。実家にいる時は洗濯は洗濯機に入れておけば洗ってくれて、食事も作ってくれるという環境がどれだけありがたかったかということを実感しました。
しかし、1人暮らしではそのようなわけにはいきません。実際に自分で体験することによって大変さを実感することができました。

引越しの時も父が北海道に来て手伝ってもらいました。父が帰る時にアパートから下まで下りて見送ろうと思ったのですが、玄関でいい、と言われて玄関で見送りました。でも少し寂しくて上から声をかけようと下を見たら、車の中で父が泣いていました。
それを見た時に、親元を離れて遠い北海道まで送り出してくれたからには、絶対何か成長した姿を見せないといけないと思いました。

「立派になれ」

父に大学進学が決まった後ずっと言われ続けている言葉です。アバウトな言葉ですが、自分なりの「立派」を見つけて、その姿を見せれるようにこれからの大学生活を過ごしていきたいです。

拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
#1 サッカーと生きる。
はじめまして。北海道教育大学岩見沢校4年の原 巧佑(はらこうすけ)です。部員ブログの記念すべき第1号をつとめさせていただきます!

まずは自己紹介をします。
群馬県藤岡市に生まれ、大学進学を機に北海道に来ました。
18年間群馬で育ったため、未だに雪と海を見ると少し興奮します。
声がでかいのでメガホンやスピーカーって呼ばれています。
原ちゃんって呼ばれることが多いけれど、こうすけって呼ばれた方が自分は好きです。

自己紹介はこの辺までにして本題に入っていきたいと思います。

自分は6歳からサッカーを続けています。
大学生にもなってサッカーを続けているのは単純にサッカーが好きだから。ゴールを決める瞬間が最高だから。

大学生にもなって本気でサッカーをやる意味はあるの?って、思うかもしれないけどサッカーはおれの人生だから。意味とかそういう次元じゃなくてサッカーがおれの全てだから。答えになってないかもしれないけれど自分はそう思っているます。

試合前の緊張だったり、上手くいかない時のストレス、怪我した時にプレー出来ない辛さ、負ける悔しさ、PKを外した時の無力感、
夏の暑い時期の練習、冬の雪の中の練習、サッカーをする中で辛いこと、きついことはたくさんあるけれど、ゴールを決めたら一瞬で最高の気分になって、試合に勝ったら辛いことなんて忘れてしまう。

だから、サッカーが大好きで、いままで続けているのかもしれません。

サッカーと生きる。最近ずっと思っていることです。
4年生になる今、就職活動をしなくてはいけない時期だけど、自分は一般企業に就職することは考えてなくて、公務員になるのも違うって思っています。

今までサッカーしかしてきていないから。サッカーが中心ではない生活が想像できないから。

だから、Jリーグのチームに入ってサッカーを支える仕事につきたいと思っています。
今までサッカーを続けることができたのは自分に関わる全ての人の支えがあったから。今度は自分がサッカーを支えていきたいと思っています。

サッカーと生きる。これを今後の目標、夢にして頑張っていこうと思います。

まとまりがなく長い文章になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます!

今年も岩教大サッカー部の応援をよろしくお願いします。

              #9 原 巧佑